【目次】
1. サブTHz帯で高Qと低損失が必要な理由
2. 球形TE101共振器を実体化する際の製造課題
3. PµSL、造形方向、めっき補正を組み合わせた製造プロセス
4. Adaptive Slicingで精度と造形効率を両立
5. 蛇行結合とカットオフ導波管で不要共振を抑制
6. 180GHz帯サブTHzフィルタの3Dプリント試作結果
7. 自社の研究課題にPµSL技術が適するかを判断するポイント
8. サブTHz・高周波デバイスの精密3D造形をご相談ください
次世代の衛星通信、高周波センシング、無線通信技術の発展に伴い、ミリ波からサブテラヘルツ(Sub-THz)帯域で動作する高性能RFデバイスへの要求が高まっています。
一方で、サブTHz帯では、わずかな寸法誤差や表面状態の変化が電磁特性に影響するため、設計した複雑構造を高精度に再現できる試作技術が重要になります。
本事例は、University of Birmingham(英国バーミンガム大学)、European Space Agency(ESA)、STFC Rutherford Appleton Laboratoryらの研究チームによる180GHz帯サブTHzフィルタ開発研究に基づくものです。
球形空洞共振器、微細な結合部、カットオフ導波路を含む複雑な3次元構造を、BMFのPµSL技術で高精度に造形しました。実測では、中心周波数180.8GHz、挿入損失約0.7dB、無負荷Q値約3,600を確認しています。
この研究成果は、“3-D Printed Narrowband Sub-THz Filter With a Wide Spurious-Free Window Using High-Q Spherical TE101 Resonators”というタイトルで、IEEE Transactions on Microwave Theory and Techniquesに掲載されています。

図1 BMFのPµSL技術を用いて試作した180GHz帯サブTHzフィルタ
サブTHz帯で高Qと低損失が必要な理由
狭帯域フィルタでは、共振器の無負荷Q値が不足すると挿入損失が増えます。研究チームは、電界が空洞中央付近に集中し、壁面電流を抑えやすい球形TE101モード共振器を採用しました。平滑な金壁を仮定した180GHzの電磁界解析では、球形TE101共振器の無負荷Q値は6,600超となり、狭帯域フィルタに適した性能が示されました。これは造形後の完成品ではなく、理想表面を仮定した共振器単体のシミュレーション値です。
ただし、高次モード共振器は目的の共振に近い周波数で不要共振を生じやすく、高Q化だけでは実用的なフィルタになりません。本研究では、低損失化と広いスプリアスフリー帯域の両立が設計上の重要課題でした。

図2 球形TE101モード共振器の電磁界分布
球形TE101共振器を実体化する際の製造課題
共振器の直径は約2.3mmで、球面空洞、結合アイリス、狭窄導波路が連続します。CNC切削では工具アクセスに制約があり、プレーナ型微細加工では三次元曲面を一体的に形成しにくくなります。一般的な3Dプリントでも、積層段差や寸法再現性が電磁特性を損なう可能性があります。
BMFが担ったのは外観モデルの製作ではなく、共振周波数、挿入損失、Q値を左右する球面空洞、結合部、導波路の樹脂母体形成です。本研究では、10µm光学解像度の高精度3DプリンターmicroArch S240と、高い剛性・強度、114℃までの熱安定性を持つHTL-Y-20樹脂を使用しました。
PµSL、造形方向、めっき補正を組み合わせた製造プロセス
PµSL(Projection Micro Stereolithography)は、デジタルマスクを用いて各層を面で投影・硬化するマイクロ光造形技術です。フィルタは電流分布への影響を抑えるためE面で二分し、球形空洞と内部導波路を上向きにして造形しました。位置決めピン用の穴とねじ構造を設け、二つのハーフ部品を高精度に組み立てています。
後工程の金属膜を考慮し、CADモデルから一様に3µmの表層を差し引いて補正しました。造形後は金属密着性を高める化学処理を行い、銅3µm、保護用の金0.1µmを電気めっきしています。RF性能を得るには、造形精度だけでなく、分割面、造形方向、めっき厚を一体で設計することが重要です。
Adaptive Slicingで精度と造形効率を両立

図3 サブTHzフィルタ試作品のCADモデルとPµSL造形方向
全領域を薄い層で造形すると、時間、コスト、累積誤差が増加します。本研究では、非機能領域を40µm、球形空洞や導波路を含む機能領域を5µmとするAdaptive Slicing(可変積層)を採用しました。論文によれば、一様な5µm積層と比較して造形時間を約84%短縮しています。
注:5µmは本研究で論文が報告した個別の造形条件です。microArch S240の現行標準仕様(積層厚10~40µm)とは異なるため、同様の条件は形状、材料、要求精度を含めた事前確認が必要です。
蛇行結合とカットオフ導波管で不要共振を抑制
球形TE101共振器は高いQ値を実現できる一方、目的モードの近傍に不要な共振が発生しやすく、実用的なフィルタ性能を得るにはスプリアス特性の制御が重要になります。
本研究では、隣接する共振器間の結合構造を最適化するとともに、入出力部にカットオフ導波管を配置することで、不要な結合やスプリアス応答を抑制しました。
6個の球形TE101共振器と入出力構造を組み合わせることで、8次バンドパスフィルタ構造を構成し、広い周波数範囲で良好なスプリアス抑制特性を確認しています。
180GHz帯サブTHzフィルタの3Dプリント試作結果
めっき後の試作品について寸法・表面評価とSパラメータ測定を行いました。設計値と実測値を分けて示すと、結果は次の通りです。
評価項目 | 設計・解析値 | 実測・採用値 |
中心周波数 | 180GHz | 180.8GHz(+0.4%) |
3dB帯域幅 | 5.0GHz | 4.4GHz |
最小挿入損失 | — | 約0.7dB |
帯域内リターンロス | 20dB等リップル設計 | 15dB超 |
無負荷Q値 | 理想表面の共振器解析:6,600超 | 代表値:約3,600 |
寸法偏差 | — | 平均−5µm、標準偏差9µm |
平均表面粗さ | — | 約0.5µm |
測定応答の結合行列フィッティングでは無負荷Q値約3,800、実測表面粗さ0.5µmを反映した固有モード解析では約3,400となり、論文では代表値として平均約3,600を採用しています。同周波数域の既報フィルタとの比較で、最高の抽出無負荷Q値と報告されています。
これらの結果は、単に複雑形状を造形できたことだけを示すものではありません。球面と結合部の寸法再現性、表面粗さ、分割・組立、めっき補正を一体で設計することで、電磁界シミュレーションに近いフィルタ性能を実機で検証できる可能性を示しています。

図4 180GHz帯サブTHzフィルタのシミュレーションと測定結果
自社の研究課題にPµSL技術が適するかを判断するポイント
PµSL技術は、次のような研究・開発課題で有力な選択肢になります。
l 数mm以下の部品に、曲面、微細孔、内部流路、空洞が含まれる
l 数µm~数十µmの寸法差が、共振、流量、光学・音響性能に影響する
l CNCや平面加工では、工具アクセス、分割・接合、形状自由度に制約がある
l 金型を製作する前に複数案を試作し、機能測定まで行いたい
l 樹脂造形後のめっき、転写、組立を含めた工程を検討している
一方、樹脂単体で導電性・高耐熱性を満たす必要がある場合、広い平面の面粗さを最優先する場合、量産数量が非常に多い場合は、金属加工、半導体微細加工、成形との比較が必要です。カタログ上の光学解像度だけでなく、重要寸法、公差、造形方向、後処理、評価方法まで含めて検討します。
サブTHz・高周波デバイスの精密3D造形をご相談ください
BMF Japanは、高精度3Dプリンターの導入と受託造形の両面から、大学・研究機関・企業R&Dにおける微細構造試作を支援しています。共振器、導波管、アンテナ、センサー、マイクロ流路、光学・音響メタ構造など、形状精度が機能を左右する部品について、3Dデータと評価要件をもとに造形可否や適切な造形条件をご提案します。
ご相談時に共有いただきたい情報: CAD/STLデータ、最小形状、重要寸法と公差、材料・温度条件、後処理の有無、評価したい機能。
参考論文
Lu Qian et al., “3-D Printed Narrowband Sub-THz Filter With a Wide Spurious-Free Window Using High-Q Spherical TE101 Resonators,” IEEE Transactions on Microwave Theory and Techniques.