【目次】
1. 最終材料を直接造形できないとき、微細構造をどう実装するか
2. PµSLマスターとPDMS転写がつなぐ、形状設計と材料機能
3. PµSLマスターとPDMS転写を活用した3つの研究事例
4. 3つの研究に共通するのは、「直接造形しない」という設計発想
5. PDMS転写まで成立させるために、マスター設計で確認すべき点
6. 微細構造を機能材料へ展開したい研究開発者へ
ハイドロゲル、エラストマー、イオン性高分子、生体材料などを用いた微細デバイスでは、構造の精度だけでなく、最終材料が持つ柔軟性、膨潤性、導電性、生体適合性を維持する必要があります。
しかし、こうした機能性材料の多くは、高精度光造形による直接造形には適していません。
そこで用いられるのが、PµSL精密3Dプリントで微細構造のマスターを製作し、PDMSモールドを介して最終材料へ形状を転写する方法です。形状形成と材料選択を分けることで、3Dプリント材料の制約を受けずに、複雑な微細構造をさまざまな機能材料へ展開できます。
本記事では、この製造プロセスが研究開発でどのように活用されたのかを、ハイドロゲルマイクロニードル、フレキシブル圧力センサー、生菌搭載マイクロニードルの3つの研究事例から紹介します。
本記事のポイント
● PµSLで高精度な微細構造マスターを造形
● マスターからPDMS陰型または二次モールドを製作
● 直接造形が難しい機能材料へ微細形状を転写
● 形状、材料、機能の関係を研究段階で比較・検証
● 3Dデータの変更によって異なる候補形状を迅速に試作
最終材料を直接造形できないとき、微細構造をどう実装するか
PDMSは、柔軟性、透明性、離型性に優れ、マイクロニードル、マイクロ流路、柔軟センサーなどの製作に広く用いられています。
一方、PDMSやハイドロゲルなどの材料から、鋭い先端、曲面、立体的な勾配、複雑な配列を直接形成することは容易ではありません。まず精密な原型を作り、その反転形状をPDMSへ転写する工程が必要になります。
PµSL精密3Dプリントを利用すると、平面的なパターンだけでなく、テーパー、曲面、高さの異なる突起、多角形や星形の断面など、三次元性を持つ微細構造を設計データから直接造形できます。
基本的な工程は次のとおりです。

PµSLによる微細構造マスター造形からPDMS転写、機能性材料の成形までの工程
この方法では、PµSL造形品をそのまま最終部品として使用する必要はありません。PµSLには形状形成、PDMSには複製、最終材料には機能発現という役割を持たせることができます。
PµSLマスターとPDMS転写がつなぐ、形状設計と材料機能
微細構造を持つデバイスの性能は、材料特性だけで決まるものではありません。
マイクロニードルであれば、針の高さ、先端形状、断面形状、配列が、皮膚への挿入性や液体の吸収速度に影響します。圧力センサーでは、微細構造の高さ、勾配、接触面積の変化が、感度、測定範囲、直線性を左右します。
PµSLでマスターを製作する利点は、こうした形状条件を3Dデータ上で変更し、複数の候補を同一の製造条件で比較できることです。
同じ材料に異なる形状を与えることも、同じ形状を異なる材料へ転写することも可能になります。形状と材料の影響を切り分けながら評価する研究に適した製造方法です。
PµSLマスターとPDMS転写を活用した3つの研究事例
六芒星型ハイドロゲルマイクロニードルでISF採取を高速化
慢性皮膚疾患の診断や治療効果の評価では、皮膚組織内の薬物濃度や疾患関連バイオマーカーを継続的に把握することが重要です。
皮膚間質液(Interstitial Fluid:ISF)は、局所組織の状態を反映する体液として注目されていますが、皮膚生検、マイクロダイアリシス、吸引水疱などの従来法には、侵襲性、操作時間、頻回採取の難しさといった課題があります。
ハイドロゲルマイクロニードルを用いれば、皮膚への負担を抑えながらISFを採取できます。一方、真皮内の緻密な細胞外マトリックスは液体の移動抵抗が大きく、短時間で十分な量を回収することは容易ではありません。
この課題に対し、Shaojie Luらの研究チームは、高精度3Dプリントとマイクロモールディングを組み合わせ、超音波でISF採取を促進する交換式六芒星型ハイドロゲルマイクロニードルパッチを開発しました。
研究成果は「Efficient extraction of interstitial fluid using an ultrasonic-powered replaceable hexagram-shaped hydrogel microneedle patch for monitoring of dermal pharmacokinetics and psoriatic biomarkers」と題し、『Chemical Engineering Journal』誌に掲載されています。

図 超音波支援・交換式六芒星型ハイドロゲルマイクロニードルによる皮膚間質液採取の概念図
研究チームは、円錐形、四角錐形、六芒星形、八芒星形の4種類を設計しました。各マスターは10×10のアレイで、単針の高さは1,200µm、基部直径は500µm、ピッチは1,000µmです。
異なる断面形状の性能を正確に比較するには、形状以外の寸法条件を揃え、鋭い先端、稜線、凹凸を設計どおりに再現する必要があります。わずかな形状差でも、皮膚への挿入性、機械強度、ISFの拡散距離に影響するためです。
4種類のマスターテンプレートはAutoCADで設計され、光学解像度2µmの高精度マイクロ3DプリンターmicroArch® S130を用いて造形されました。樹脂製マスターからPDMS陰型を作製し、光架橋性メタクリル化ヒアルロン酸(MeHA)を充填。遠心処理、乾燥、脱型、UV架橋を経て、最終的なハイドロゲルマイクロニードルへ形状を転写しています。

図 4種類のマイクロニードルマスターとハイドロゲルマイクロニードルの作製・形状比較
この研究でPµSL精密3Dプリントが担ったのは、最終的なハイドロゲル製品の直接造形ではありません。異なる三次元形状を同一条件で実体化し、構造と機能の関係を比較するための高精度マスター製作に活用されました。
評価の結果、六芒星型は他の3形状より高い圧縮強度と速いISF拡散を示しました。六芒星形状では、凸部と凹部の両方がISFと接触し、構造外周から中心部までの拡散距離が短くなったことが、その要因と考察されています。
さらに、市販の超音波装置と組み合わせることで、100本のマイクロニードルを持つパッチは、1分以内にブタ皮膚から15µL以上、健常マウス皮膚から6µL以上、乾癬モデルマウス皮膚から4µL以上のISFを採取しました。
回収したISFは、メトトレキサートの皮膚薬物動態や、乾癬関連バイオマーカーであるIL-17、IL-22の測定にも使用されています。
100万候補から逆設計した微細構造を、R²=0.999の圧力センサーへ
フレキシブル圧力センサーは、ロボティクス、ヘルスケア、ウェアラブルデバイス、ヒューマン・マシン・インターフェースなどで利用されています。
センサー内部の微細構造が圧力によって変形し、電極との接触面積が変化することで、外部からの圧力を電気信号へ変換します。そのため、微細構造の形状は、感度、測定範囲、直線性を左右する重要な設計要素です。
従来の開発では、構造を設計してからシミュレーションと実験を繰り返す必要がありました。目標とする複数の性能を満たす形状を見つけるまでに、多数の候補を評価しなければならず、開発期間とデータ量が課題となっていました。
そこでZhiguang Liuらの研究チームは、目標とするセンサー特性から微細構造を逆算するデータ駆動型の設計手法を開発しました。
この成果は「Data-driven inverse design of flexible pressure sensors」と題し、『Proceedings of the National Academy of Sciences(PNAS)』誌に掲載されています。

図 データ駆動型逆設計によるフレキシブル圧力センサーの設計概念
研究チームは、構造とセンサー応答の関係を簡略化した低次元モデルと、「jumping-selection」と呼ばれるデータ選択手法を組み合わせました。わずか100件のデータから予測モデルを構築し、100万通りの候補から、広い圧力範囲で線形応答を示す多数の微細構造を抽出しています。
ただし、計算上で有望な形状を選定できても、その構造を設計値どおりに製作できなければ、予測結果を実験で検証することはできません。
構造の高さ、上下端の寸法、側面の勾配に誤差が生じると、圧力印加時の接触面積が変化し、センサー応答にも差が生じます。逆設計された複数の候補形状を、安定した寸法と表面状態で製作する必要がありました。
選定された構造は3ds Maxでモデル化され、BMF_3Dsliceを用いて積層厚5µmでスライスした後、BMF S130 とHTL-05-yellow樹脂で造形されました。
造形した樹脂テンプレートへPDMSを注型し、室温で硬化させた後に剥離してPDMS二次モールドを作製しました。さらに、そのPDMSモールドへイオン性高分子材料を注入・硬化し、柔軟圧力センサーの機能層となる微細構造を転写しています。

図 3Dプリントテンプレート、PDMS二次モールドおよびイオンゲル微細構造の作製工程
この工程では、逆設計によって選定された微細構造をPµSLで高精度に実体化し、PDMS転写を介して柔軟な機能材料へ展開しています。形状精度と材料特性を分けて扱うことで、計算モデルと実験結果を直接比較できる製造プロセスが構築されました。
提案されたデータ選択手法は、ランダム探索と比べて約6倍高い効率を示しました。実際に製作されたセンサーは、0~300kPaの圧力範囲でR²=0.999の高い直線性を示しています。
同じ設計手法を異なるイオン性材料へ適用した場合にも、高い線形応答が確認されました。計算上の候補を実物へ変換し、機能材料による性能評価までつないだ点が、この研究におけるPµSLとPDMS転写の役割です。
生菌の活性を保ちながら、長期抗菌型マイクロニードルへ
創傷が細菌などの微生物に感染すると、治癒が遷延し、慢性化することがあります。
デブリードマンや経口抗菌薬、抗菌性ドレッシング材などの従来法にも、細菌が形成するバイオフィルムによって薬剤が創傷深部へ浸透しにくいこと、抗菌薬の過剰使用によって薬剤耐性のリスクが高まること、頻繁なドレッシング交換が痛みや二次損傷につながることなどの課題が残されています。
この課題に対して、Wei Liらの研究チームは、3DプリンティングとPDMS転写技術を用いて、感染創傷内へプロバイオティクスを送達し、抗菌作用を持続させる生体適合性の高いマイクロニードルパッチを開発しました。
関連研究成果は「Accelerated infected wound healing by probiotic-based living microneedles with long-acting antibacterial effect」と題し、『Bioactive Materials』誌に掲載されています。

図 プロバイオティクス・マイクロニードルパッチの作用機序、作製工程および特性評価
研究チームが使用したのは、人体にも存在するプロバイオティクスの一種である Lactobacillus reuteri(ロイテリ菌)です。ロイテリ菌はグリセロールを代謝し、広域抗菌作用を持つロイテリンを産生します。
開発された5%GL MNパッチは、PVA、スクロース、5%グリセロール、ロイテリ菌を主成分としています。PVAとスクロースからなるマトリックスが皮膚挿入に必要な機械強度を確保し、挿入後は速やかに溶解して、ロイテリ菌とグリセロールを創傷部へ送達します。
一方、生菌を含む材料は、高温や強い紫外線を伴う直接光造形には適していません。菌の活性を維持しながら、皮膚へ挿入できる鋭い針先と均一なアレイ形状を形成することが、製造上の課題でした。
本事例では、microArch® S240を用いて樹脂製マスターを造形し、そのマスターからPDMSモールドを作製しました。
ロイテリ菌、PVA、スクロース、5%グリセロールを含む材料を真空条件下でPDMSモールドの微細キャビティへ充填し、室温で乾燥・脱型することで、生菌への負荷を抑えながらマイクロニードルを成形しています。
得られたマイクロニードルは10×10のアレイで、単針の高さは850µm、基部半径は200µm、先端半径は約10µmです。
ここでPµSL精密3Dプリントが担ったのは、最終材料を直接造形することではありません。生菌を含む軟らかい材料へ、細く鋭い針形状を転写するための高精度マスター製作に用いられました。
5%グリセロールを含むマイクロニードルは、皮膚への挿入後4分以内に完全に溶解しました。また、4℃で60日間保存した後も、ロイテリ菌の80%以上が活性を維持しています。
ロイテリ菌は創傷内で約1週間活性を維持し、継続的にロイテリンを産生しました。金黄色ブドウ球菌感染マウスモデルでは、1回のパッチ投与によって抗菌作用、炎症の抑制、組織再生、血管新生および創傷閉鎖の促進が確認されています。
この研究は、高精度マスターとPDMS成形を組み合わせることで、生菌のように直接光造形が難しい機能材料にも、均一で微細な針形状を付与できることを示しています。
なお、これらは動物モデルを用いた前臨床研究の結果であり、臨床上の有効性を示すものではありません。
3つの研究に共通するのは、「直接造形しない」という設計発想
3つの研究は、ISF採取、圧力センシング、感染創傷治療と、対象分野が大きく異なります。
共通しているのは、最終材料をそのまま3Dプリントしようとしていない点です。
形状精度はPµSL、形状複製はPDMS、機能は最終材料に担わせる。
この役割分担によって、ハイドロゲル、イオン性高分子、生菌を含む材料など、直接光造形が難しい材料にも複雑な微細構造を付与できます。
また、マスターを3Dデータから造形することで、同じ材料に異なる形状を与えたり、同じ形状を複数の材料へ転写したりできます。
研究初期の形状探索から機能評価まで、設計変更を反映しながら試作を進められることが、この製造方法の利点です。
PDMS転写まで成立させるために、マスター設計で確認すべき点
高精度にマスターを造形できても、PDMSへの転写や最終材料の脱型まで成立しなければ、目的のデバイスは得られません。そのため設計段階では、マスターから最終形状までの反転回数、離型方向やアンダーカットの有無、微細構造のアスペクト比、針先・薄壁・微細突起の破損リスクに加え、PDMSの硬度や収縮、硬化条件、最終材料の粘度と充填性、真空・遠心・加圧などの補助工程、表面処理や離型処理の条件まで確認する必要があります。最終材料の特性と転写・脱型工程をあらかじめ整理し、その条件をマスター形状の設計に反映することが重要です。
微細構造を機能材料へ展開したい研究開発者へ
BMFでは、PµSL精密3Dプリント技術を用いて、PDMS転写用マスター、マイクロニードル原型、センサー用微細構造テンプレートなどの試作を支援しています。

PDMS転写・微細構造成形向けPµSL造形サンプル
最終材料を直接3Dプリントすることが難しい場合でも、マスター、PDMS陰型、二次モールド、可溶性モールドなど、異なる製造ルートを検討できます。
造形可否をご相談いただく際は、3Dモデルデータに加え、全体寸法や最小構造寸法、重要な公差、転写を予定している材料、構造のアスペクト比やアンダーカットの有無、必要数量、想定している転写・脱型工程、研究・評価の目的などをご提示いただければ、弊社では形状や材料特性、後工程の条件を確認した上で、適した造形方法をご提案します。
