【目次】
1. はじめに
2. 毛髪皮膚模倣型触覚センサー(Hairy-skin-inspired Tactile Sensor)
3. 3Dプリントによるテラヘルツメタ表面バイオセンサー(3D Printed Terahertz Meta-Biosensor)
4. まとめ
1. はじめに
近年、3Dプリント技術は高精度・高速造形・設計自由度といった特長を活かし、先端センサー分野の製造プロセスに大きな変革をもたらしています。
特に、生体模倣型触覚センサーや高感度バイオセンシングといった最先端領域において、その優位性が顕著に現れています。
従来の加工方法では実現が困難であった三次元の微細構造や機能集積を可能にすることで、3Dプリントは複雑なセンサー製造工程を大幅に簡素化し、コスト削減を実現すると同時に、デバイス性能と機能の飛躍的な向上を促進しています。
以下では、BMFのPµSL技術を用いたセンサー分野での代表的な研究事例として、毛髪皮膚模倣型触覚センサーおよびテラヘルツメタ表面バイオセンサーをご紹介します。

図1 BMF PµSL技術によって造形された微細構造
2. 毛髪皮膚模倣型触覚センサー(Hairy-skin-inspired Tactile Sensor)
研究背景
近年、電子皮膚センサーはヘルスケア、スマートロボット、人間–コンピュータ・インタラクション(HCI)などの分野で大きな可能性を示しています。
しかし、多くの既存センサーは圧力検知に特化しており、指の滑り動作や筆記軌跡といった複雑な動的動作の検出には十分対応できていません。また、従来のセンサーアレイはサイズが大きく構造が複雑で、自由な装着や指先への集積が難しく、人間と機械のインタラクションの多様化を制限してきました。
研究内容
こうした課題に対し、Limin Wu氏らは、人間の毛髪と毛包受容器の相互作用に着想を得て、毛髪皮膚模倣型触覚センサー(HSIS)を開発しました。本センサーは、規則配列した磁性マイクロ繊毛アレイ(MCA)と異方性磁気抵抗(AMR)センサーを組み合わせ、さらに多層パーセプトロン(MLP)アルゴリズムを導入することで、垂直圧力の検出と指の動作認識を同時に可能としています。
本研究成果は“A novel hairy-skin-inspired tactile sensor for multimodal sensing application and handwriting input”というタイトルで、学術誌 Composites Part B に掲載されました。

図2 毛髪皮膚模倣型触覚センサー(HSIS)の設計概念図
HSISセンサーは、規則的に配列された磁性マイクロ繊毛アレイと、非均一磁気センサー素子から構成されています(図2b)。まず、BMFのPµSL技術(3DプリンターmicroArch® S140)を用いて、微細な凸構造を有する樹脂モールドを造形し、これを転写してPDMS製の凹型モールドを作製します。
次に、あらかじめ磁化したネオジム磁性粒子とPDMSを質量比1:1で混合し、外部振動磁場を制御しながら自己組織化させることで、規則的な磁性マイクロ繊毛アレイ(MCA)を形成します。一方、柔軟なポリイミド(PI)基板上に、フォトリソグラフィ、スパッタリング、リフトオフ工程を用いて異方性磁気抵抗(AMR)センサーを作製します。最後に、室温下で両者を集積・封止することで、HSISセンサーが完成します。

図3 磁性マイクロ繊毛アレイ(MCA)およびAMRセンサーの構造・特性評価
光学顕微鏡、電子顕微鏡、磁気測定により、MCAおよびAMRセンサーの特性を評価した結果、均一で規則的な構造と良好な磁気・電気特性が確認され、センサー中核部品の高品質な製造が実証されました。

図4 HSISセンサーの法線力検知性能
また、磁性マイクロ繊毛と磁気抵抗センサーの協調効果により、本センサーは最大 3.14×10⁻⁴ N⁻¹ の高感度を示し、6方向識別や表面テクスチャ認識を実現しました。さらに、MLPアルゴリズムと組み合わせることで、指先装着時に非磁性表面上での手書き文字認識が可能となり、滑り方向および文字認識精度はそれぞれ 96.7%、92.4% に達しました。
研究意義
本研究は、生体模倣設計と多分野技術の融合により、単一センサーでのマルチモーダルセンシングを実現し、従来の触覚センサーの限界を突破しました。指先での手書き入力という新しいインターフェースは、直感的で柔軟、かつ外部入力デバイスに依存しない次世代HCIの可能性を示しています。
3. 3Dプリントによるテラヘルツメタ表面バイオセンサー(3D Printed Terahertz Meta-Biosensor)
研究背景
テラヘルツ分光は、低エネルギー・非侵襲(non-invasive)・非電離(non-ionizing)といった特性を持ち、多くの生体分子の振動・回転エネルギー準位と対応することから、生体医療分野における重要な検出技術として注目されています。これにより、多様な生体分子を特異的に識別することが可能です。
一方で、テラヘルツ波の波長と分子スケールとの不整合により、分子レベルでの微量検出には依然として課題が残されています。超表面(メタサーフェス)を用いたバイオセンシング技術は感度向上に寄与してきましたが、従来の多くのテラヘルツ超表面センサーは屈折率による共鳴周波数シフトに依存しており、分子固有の振動指紋情報を十分に活用できないという制約がありました。これに対し、分子振動指紋に基づくセンシングは、混合試料の分析において高い特異性を示す手法として期待されています。
研究内容
こうした課題に対して、Liuyang Zhang氏らは、アナポール(Anapole)モードに基づくテラヘルツ超表面バイオセンサーを提案しました。本センサーは、過結合(over-coupled)状態の超表面共鳴モードと分子振動モードとの相互作用によって生じる電磁誘起吸収(EIA:Electromagnetic Induced Absorption)効果を利用し、糖類やアミノ酸などの低分子生体物質を高感度かつ特異的に検出することに成功しています。
本研究成果は“Terahertz molecular vibrational sensing using 3D printed anapole meta-biosensor”というタイトルで、学術誌 Biosensors & Bioelectronics に掲載されました。

図5 テラヘルツAnapoleメタ表面バイオセンサーの設計・製造・応用
本センサーは、金属–誘電体–金属(MIM)構造からなる三次元サンドイッチ構造を採用しています。従来の平面構造と比較して、立体構造はテラヘルツ波と物質との相互作用空間を拡張できるため、感度の向上に寄与します。まず、電子ビーム(EB)蒸着法により、高純度石英基板上に10 nm厚のクロム層および200 nm厚の銅層を形成します。その後、BMFのPµSL技術(3DプリンターmicroArch® S130)を用いて、誘電体層を直接3Dプリントし、立体デバイスを高精度に造形します(図5a:p = 180 μm、h = 25 μm、g1 = 24 μm、g2 = 28 μm、w = 20 μm、r = 70 μm)。最後に、表面に200 nm厚の銅層をEB蒸着することで、センサーが完成します。

図6 3Dプリントによるテラヘルツデバイスの特性評価
研究チームは、作製したセンサーの性能評価を行いました。その結果、過結合状態のAnapole共鳴と分子振動モードの相互作用により、1.44 THzにおいてD-グルコース溶液を検出できることが確認され、感度は 0.54 % / (mg·mL⁻¹) に達しました。さらに、本センサーはD-グルタミン酸、D-ラクトースおよびそれらの混合物の定量検出にも対応し、複雑な生体試料分析への高い応用可能性を示しました。

図7 生理濃度レベルにおけるグルコース溶液の定量検出
加えて、研究チームは主成分分析(PCA)とサポートベクターマシン(SVM)を組み合わせた機械学習手法を用いて、テラヘルツ分光データの次元削減および高精度分類を実施しました。その結果、5種類の異なる分子を100%の認識率で識別することに成功しました。
研究意義
本研究では、3Dプリント技術を用いてAnapoleモードに基づくテラヘルツ超表面バイオセンサーを実現し、従来法に比べて製造プロセスの大幅な簡素化を達成しました。これにより、テラヘルツセンサーの高効率・低コスト製造に向けた新たなアプローチが提示されました。また、分子識別および定量検出において優れた性能を示し、機械学習と組み合わせることで、多種類の生体分子を高感度に検出できる可能性を示しています。本研究は、テラヘルツバイオセンサー設計の理論的基盤を強化するとともに、将来の生体検出技術に向けた有望な研究方向を切り拓くものです。
4. まとめ
3Dプリント技術は、その独自の製造プロセス上の強みを活かし、従来の製造方法が抱えていた複雑性・コスト・集積性の課題を解決するだけでなく、センサーにマルチモーダルセンシングや超高感度検出といったこれまでにない機能をもたらしています。
今後、3Dプリント材料およびプロセス技術のさらなる進展に加え、生体模倣設計や人工知能(AI)との融合が進むことで、高性能かつ応用範囲の広いインテリジェントセンサーシステムが次々と創出されると期待されます。これらの技術は、次世代のヒューマン・マシン・インタラクション、ヘルスケアモニタリング、バイオセンシング分野において、より大きな可能性を切り拓いていくでしょう。
BMFは、研究者の皆様が構造設計・試作・評価をよりスムーズに進められる環境を提供することで、先端研究の推進をサポートしてまいります。
装置仕様や研究用途に関するご相談、評価用サンプルの製作可否など、ご不明点がございましたらお気軽にお問い合わせください。